「自然は、先祖から譲り受けたものではなく、子孫からの借りものである」――。
これは代々アメリカインディアンの間で語り継がれている教えで、私はいつもこの言葉を心にとどめ置くようにしています。

私は、日本の文化、日本の風景、日本人の心が好きです。一人の日本人として、それを子供たちに伝えていかなければならないと感じています。同時に、環境事業に携わる者として、「持続可能な生活環境の創造」をしていくことこそ、私の使命だと考えています。

今から20年前、私は電気通信工事業の会社を立ち上げ、通信会社や電力会社の通信ケーブル敷設工事や、高速インターネット網(e-japan構想)、携帯電話基地局、CATV、衛星放送、地デジ放送など、通信インフラ構築の仕事に従事してきました。雨の日も風の日も、真夏の炎天下も真冬の厳寒期も、毎日、毎日屋根や屋上に上っては、汗を流してきました。

そんなある日、私はあることに気付きました。それは春風が心地よい日のことでした。
「なんて気持ちのいい朝なんだろう。なんてすばらしい景色なんだろう。でも、このお宅のご家族は、きっとここから見えるこの素晴らしい景色を一度もご覧になったことがないんだろうなあ・・・」

一日中屋上にいると、季節や時間の微妙な変化を感じ取ることができます。もちろん、屋上にいなくても感じることはできますが、その「感じ方」が屋上では全然違うのです。見上げる先には空しかなく、空には雲が流れ、風が渡り、太陽が燦々と輝いている。そこは誰にも邪魔されない、何にも遮られることがない、とても贅沢な空間です。

その素晴らしい空間は多くの場合、ほぼ手つかずの状態で残っています。何かと規制の傾向が強い日本では、たとえ地価が高い土地であっても有効利用するという発想が希薄というか、建坪と同じ面積がそっくり無駄になっているケースが少なくありません。

屋上の有効利用。それまで通信インフラに専心してきた私には、屋根や屋上のことを知り尽くしているという自負があり、そんな私だからこそできる屋上の活用法を「皮膚感覚でお客様にご提案できるのはないか?」と考えるようになりました。

マンションやテナントビルの屋上に芝生を敷き詰め、その上で寝転がって遊んでみたり、みんなで食事を楽しむことができれば、どれほど気持ちがいいことか。私は2006年、一念発起して東京で屋上緑化の事業部門をスタートさせ、皇居からほど近い都心のど真ん中のテナントビルに、“空の庭”とも呼べる屋上公園を造りました。

いま、空の庭はビルで働く皆さんの憩いの場となり、ランチタイムにはお弁当を食べながら知らない人同士の交流が生まれる屋上サロンと化しているだけでなく、幼稚園の子供たちの自然栽培の場としてナスやトマトを育てる屋上農園にもなっています。それぞれがそれぞれのやり方で、飛び切りの笑顔とともに屋上の「新しいカタチ」を楽しんでいます。

その屋上緑化事業を通じて、私はエネルギー問題にも強い興味を抱くようになりました。日本の食料問題を勉強するうち、危機が叫ばれている食料自給率以上に、実はエネルギー自給率こそ危機的状況にあることを知ったのです。石油、天然ガス、原子力発電・・・。日本はほとんどのエネルギー原料を輸入に頼っており、エネルギー自給率はたった4%しかない。それは衝撃の事実でした。

再生可能エネルギーによる持続可能な社会。化学エネルギーに頼らない生活。私はそうした社会作りに貢献したいという思いで、屋上緑化とともに太陽光発電システムの企画・販売・施工事業に乗り出しました。

屋上や屋根という“遊休地”を太陽光発電で有効活用してエネルギーを自給自足するという考え方は、政府が太陽光発電システム導入に伴う税制優遇制度を積極導入したことからも分かるとおり、近い将来、必ずスタンダードになるはずです。エネルギー資源がないなら、自分で作る。自然エネルギーの導入は屋上緑化同様、人生に新しい価値や心の豊かさを生み出す源に必ずなると私は信じています。

2011年3月11日に発生した東日本大震災は、エネルギーに対する人々の意識を劇的に変えました。原発神話の崩壊は、化学エネルギーの危うさを人類が身を持って知る貴重な機会ともなりました。あの震災から私たちが何も学ばなければ、それは怠慢以外の何物でもないでしょう。

太陽光発電を知り、太陽光発電を活かし、太陽光発電と生きる。それは、「自然を知り、自然を活かし、自然と生きる」ことと同義語です。私たちの子孫が、都会にいても田舎にしても自然を感じながら、本当の意味で豊かな生活を送る。私はそんな日が来ることを夢見ながら、今日もインディアンの言葉を心の中でつぶやいています。

平成24年6月19日